著者:斉藤英樹 @ 斉藤英樹の裏ページi
坂を駆け上がって……。
まだ雪が残るこの坂を……。
かけがいのない、あの娘に会うために……。
そう……。
「あ、祐一さん」
嬉しそうな顔を見せ、白いセーターを着た栞が走ってくる。
「あっ!」
小さな悲鳴が聞こえたと同時にその小柄な体は宙に浮いていた。俺はなんとか栞をキャッチすることに成功したのだ……が……。
……さん……祐一……さん!
だんだんとはっきりとしてくる意識、泣きそうな少女の声が聞こえてくる。いや、声からしてすでに泣いているだろう……。はじめはうっすらと聞こえていたその声もはっきりとしてきた。どうやら道に落ちていた石につまずいた栞を受けたときにそのまま転倒したみたいだ。頭がじんじんするのは多分頭を打ったからだろう。栞は世界の終末のような泣き声で俺の名前を呼んでいる。俺はまだ気がついていないふりをしてみることにした。
「祐一さん!」
……
「そんな、祐一さん、祐一さんがいなくなったら私……」
……
「せっかく好きになった人なのに……」
……
「祐一さん、死んじゃやです」
……
「祐……一……さん……!」
あまり続けるとかわいそうなのでからかうのはやめることにして……。
「そんなことする人嫌いです」
目を開けた後に本当のことを打ち明けると栞はちょっと怒っていた。
「ごめん、今日の昼飯、俺のおごりにするから許して……」
「え、いいんですか?」
「ああ、なんでも好きなもの言ってくれ。俺の小遣いで買えるもので」
「んー……じゃあ」
熟考する栞。くぅ、この指を口に当てて考える栞のポーズ、殺人的に
可愛い!
「アイスクリームがいいです」
と、栞らしい答え。
「なんでもいいのに本当にアイスクリームでいいのか?」
「私、アイスクリーム、大好きですから」
俺たちはおいしいアイスクリームを目当てに商店街に行くことにした。学校のこと、家のこと、そしてアイスクリームのこと、たわいのない世間話をしながら俺たちは商店街に続く道をゆっくりと歩いた。
商店街はいつものように賑わっていた。俺たちはその中を歩いていった。
「ここのアイスクリーム、私大好きなんです」
そこにはこう書かれていた。
『超高級バニラアイスクリーム1000円』
「栞……これは……」
「すっごくおいしいんですよ」
俺の言葉を遮り、笑顔で答える栞。俺はなんでも買ってやると言った手前上これを買うことにした。
「ありがとうございます、祐一さん」
隣には嬉しそうな栞の顔。
「これ下さい」
しばらくして出てきたものに俺は唖然とした。ものすごく巨大だったのだ。それはサッカーボールぐらいの大きさのバニラアイスだった。まあこれだったら千円するか。いや、これで千円は安い、というか商売成り立つのか、これ。
俺たちはそれから近くにあるベンチに腰掛けた。
「はい、祐一さん」
俺にスプーンを手渡す栞。
「って俺も食うのか?」
「もちろんですよ、一緒に食べた方がおいしいです」
甘いものは苦手な俺だが栞の笑顔を見ると断ることはできなかった。
おいしそうにアイスクリームを食べる栞を見ながら俺も少しだけ食べてみることにした。意外とうまい。さすがアイスクリーム通の栞が大好きなだけある、それはとてもおいしかった。
「えう~、その部分私が狙っていたのに~」
悔しそうな栞の声が聞こえてくる。さすが栞、食べる部分にもこだわるのか。俺は栞の反応を楽しみながらその途方もなく大きく見えるアイスクリームを食べていた。30分ぐらいそのアイスクリームと格闘した後、もうそれはほとんどなくなっていた。
「これからどうする?」
しばらく休憩した後に訊いてみる。
「うーん」
考え込む栞……。
「祐一さんの部屋に行くっていうのはどうでしょう?」
「えっ?」
俺の部屋に来るって事は……。
膨らむ期待。
もしかして……。
「祐一さん……なんかエッチなこと考えてませんか?」
「え、い、い、いや、何も考えてないぞ、うん」
「本当ですかぁ? さあ、行きましょう」
と俺の手を取り歩き出す栞……って……
「まだ何も答えてないぞぉ!……まあいいか」
しばらく歩いて……やってきた水瀬家。
ドアを開けて……
「ただいま」
しばらくすると秋子さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、あ、栞ちゃんもいるのね」
「おじゃまします」
ペコリとおじぎする栞。そんな仕草も可愛いぞ!
「後で紅茶淹れて持っていくわね」
と、秋子さん。
「ありがとうございます」
と言いながら栞と一緒に階段を駆け上がっていった。
部屋のドアを開けて栞に座布団を勧めた。
栞はその上にちょこんと座り周りを見回している。
「祐一さんの部屋って何も変わってませんね」
確かに何も減ったわけではないし、ましてや増えたわけでもない。
その感想はもっともなものだろう。
「でも、なぜ俺の部屋なんだ、別に珍しいものがある訳じゃないし……つまらないだろ?
ふと、栞に訊いてみる。
「それは……」
ちょっと照れた顔で栞が答える。
「それは、ここが祐一さんの部屋だからです」
栞はしばらく黙り込み口を開いた……。
「祐一さんの部屋がつまらないわけありません、だって祐一さんの部屋ですから……って訳分からないですね」
ペロッと舌を出し微笑む。
俺は……栞を抱きしめた……。
「えっ?」
俺が急に抱きしめたので状況が掴めてないような小さな悲鳴。
もちろん、それは拒絶ではなかった。
「祐一さん……」
俺と栞はお互いの唇を重ね合った。
「実は祐一さんにプレゼントがあるんです」
しばらくポケットの中を漁る栞……その中から出てきたのは小さな包みだった。
「あけてもいいか?」
「もちろんです」
俺はゆっくりとその包みを開けた。
その中には……絵?
小さな額に入った絵が入っていた。
「栞、これは?」
「絵です」
「いや、それは分かっているんだけど」
「私の絵です、会えない時でもずっと私を感じてもらいたくて」
その絵は決してうまいとは言えないものだった、でも栞の気持ちが伝わってくる。
この絵は俺にとって世界で一番上手で下手な絵に見えた。
「ぷっ」
「あ、ひどいです~、笑うことないじゃないですか~」
俺は何も言わずにその絵を部屋で一番目立つところに置いた。
「祐一さん……」
「絵がおかしくて笑ったんじゃないんだよ、栞が一生懸命描いているところを想像してだな」
とわけの分からないことを言ってみる。
「そんなこと言う人嫌いです、だけど……」
栞が続ける。
「世界で一番大好きです。」
俺はもう一度、栞を、抱きしめた。
「ああ、俺もだ……栞が、栞が世界で一番大好きだ……」
栞を秋子さんが紅茶を持ってくるまで抱きしめていた。もちろん、秋子さんがドアの前に来たときに気が付いて身を離したわけだが……。俺たちはその後、またそれとない話をしていた。特に派手な事があったわけではない、でも俺は楽しかった……。この平穏な……栞との休日が。